流木アート制作・販売「アトリエ かくれんぼ」

【人生編】とんでもない厄…

私の趣味はバイクです。
愛車はホンダのX4(1300cc)とゼファー750(Z2使用)でした(ちょっと自慢)
そうそう、モンキー(25年前の限定販売モデルオールメッキ)も!

趣味でよくツーリングに行ってました。
その日も愛車X4にチタン製の集合マフラーを取り付けたばかりで、ちょっといい気分でツーリングにでかけました。

熊本県の人吉というところです。
山間部で景色もよく、手ごろなカーブが続く絶好のツーリングコースです。
とても気分よく走っていたその時です。

疫病神が電信柱の影から微笑んだのです…。
「こっちおいで(^^)」と…
なんでもないカーブでした。
あとで警察官の方から「なんであんなところでやっちゃたの?」と言われるほど(TT)

私はコンクリートの壁に頬ずりし、電信柱にフライングボディアタックをしにいったのです。
そう…、やっちゃったのです…。
怒りのやりどころがない単独事故を起こしてしまったのです。
結果、300kgのバイクの下敷きになってしまいました。

その時の記憶はありません。
一緒に走っていたツーリング仲間が言うには「あんなに血が出たのは初めて見た」と…。
実際、3分の2は流れ出ていたそうです。

最初に意識が戻ったのは手術室に運ばれる時でした。

そのとき担当医から「左足を切断します。よろしいですね。」と声をかけられたのを覚えています。
その後は記憶がありません。

女房が連絡を受け、人吉の病院に到着するまでどんな気持ちだったでしょう。
熊本から人吉までは高速道路で1時間ちょっとです。
女房は熊本の道すらよく知らないところに、行ったこともない人吉までです。

たぶん泣きながら来たと思います。

後から聞いた話ですが、やっとのことで病院を探し当てたそうです。
そして、いきなり担当医から「命が危ないです。今夜が峠です」と…。
最後に「左足は切断します」とまで…。

女房は声にならない叫びをあげたと。

手術は8時間かかりました。
その時の担当の先生は不幸中の幸いとでもいうのでしょうか、外科の間接専門の方でした。
その先生の努力と配慮で切断は免れ、なんとか形だけは残してもらうことができました。

チタン製の棒が入り人工骨で周りを固めてあります。
マフラーが大腿骨に変わりました(笑)

三途の川を何度か渡りかけたのですがなんとかこの世に残ることができました。

それからです。

地獄でした…。
痛みとの闘い。
痛み止めなんか効きませんでした。
医者に「頼むからこの足を切断してくれ」と叫んだこともありました。

なんで、こんなことになったのだろうと自問自答の毎日で精神状態はまともではなかったと思います。
おれはなんか悪いことをしたんか…

入院生活は半年間、その後リハビリ生活に1年間…。

しかし、それを支えてくれたのが家族でした。

今の自分があるのは家族のおかげです。

この事故により、失ったものは大きかったです。
それよりも学んだこと、そして得たもののほうが大きかったと思います。

でも…こんな形で学ぶなんて(TT)。

苦しい入院生活でしたが、なんとか職場にも復帰することができました。
 
つづく